白雲楼ホテル倒産後の動き(2006年5月追記)
■1998年3月
白雲楼ホテルを経営する日○観光経営行き詰まりが表面化し休業、そのまま倒産する。
参照;「白雲楼、起雲閣、日本タイプライター、康楽寺」内の「白雲楼カテゴリー」
その後、ホテルは不法侵入者により荒らされる。
参照;「廃屋にっぽん周遊」内の「老舗リゾートホテルの末路」
平成13年度金沢市議会で話題になったこともありました。旧江戸村(平成18年移築再オープン予定)や旧檀風苑(湯涌創作の森)は整備されるにも関わらず、この白雲楼ホテルだけが完全に忘れ去られた感があります。
■2002年6月
湯涌温泉の毎年恒例行事の氷室開きを前に、氷室小屋のある玉泉湖が突然封鎖される。
北國新聞朝刊記事より
氷室開き、今年は保冷庫で急場しのぎ 湯涌温泉観光協会、玉泉湖封鎖で苦肉の策
金沢市湯涌温泉の旧白雲楼ホテルの敷地が封鎖され、同温泉の恒例行事「氷室開き」の開催が危ぶまれていた問題で、今年の行事はこれまでの玉泉湖周辺の氷室小屋ではなく、温泉旅館が観光客用に雪を保存している「保冷氷室」を使って行われることになった。ホテルの敷地管理者から同温泉観光協会に一時開放を認める正式な回答がなかったため。何とか急場をしのぎ、開催断念という最悪の事態だけは避けたが、敷地開放のめどは依然として立っておらず、関係者らは「来年はどうするのか」と不安を募らせている。
氷室小屋のある玉泉湖周辺への立ち入りが禁止されたのは今月五日。旧白雲楼ホテルの
管理を委託されている東京のコンサルタント会社が、玉泉湖での水難事故防止を目的に入
り口にロープや看板を設置した。
湯涌温泉観光協会は金沢市に今後の対応を相談するとともに今月八日、弁護士に交渉を依頼するなどして管理会社との話し合いを進めていた。
十九日には、協会の役員らが旧白 雲楼ホテルの清算人を務める東京の弁護士を訪ね、敷地の一時開放や土地の使用許可を求
めていたが、二十五日までに回答がないため、「行事の中断だけは避けたい」として代替案に踏み切った。
今回使用される”氷室”は、湯涌温泉の旅館「やました」の玄関前にあるガラス張りの保冷庫で、同旅館が一九九五(平成七)年に開業した際、観光客の観賞用として設置した。
同旅館ではこの保冷庫を「氷室」と呼んでおり、毎年一月に従業員らが雪を詰めている。協会によると雪は行事を開催できる量が確保されており、奉納行列や県庁などでの「献上セレモニー」も予定通り行うという。
同観光協会の安藤精孝会長は「十七年間続けてきた行事の場所を変えるのは大変残念。
氷室小屋は元々協会の所有物でもあり、管理会社には今後も敷地の一時開放と管理の委託を求めていきたい」としている。
■2003年11月8日
再び玉泉湖が封鎖される。しかも、本格的に板塀を設置。
北國新聞朝刊記事より
氷室小屋 また ”立ち入り禁止” 湯涌旧白雲楼の敷地
管理会社 玉泉湖に板塀 地元「浄水場にも行けない」
金沢市湯涌町の玉泉湖周囲に七日までに、立ち入り禁止を求める板塀が約60メートルにわたって張り巡らされ、地元住民らを困惑させている。関係者によると、旧白雲楼ホテルの土地を管理する東京の経営コンサルタント会社が設置したとみられる。同湖の横には観光の目玉の一つ氷室小屋、上流には水道水を供給する浄水場があり、地元側は市と県に同社側に板塀を取り除く申し入れをするよう要望した。
約60メートルにわたって設置された板塀 =金沢市湯涌町
板塀は高さ1,7メートル。赤ペンキで 「私有地につき立ち入り禁止」などと書かれている。地元住民によると、今月初めから工事が始まり、四日頃に完成。このため氷室小屋や、湯涌簡易水道組合が所有管理し、八十世帯に水を供給する浄水場に向かう一本道も閉ざされた格好となった。
経営コンサルタント会社は、白雲楼ホテルを経営していた日○観光(98年に事実上倒産)の清算弁護士から、ホテルの土地や建物の管理委託を受けている。同湖周辺の管理については、昨年(2002年)六月同社側が湖での事故防止などを理由に敷地内への立ち入りを禁止するロープを張り、この年は氷室小屋での氷室開きができなかった経緯がある。
しかし、昨年末、湯涌温泉観光協会と同社による協議で、行事を継続することで合意。湖を含む土地の管理についても、地元の意向を尊重しながら話を続けていくことを申し合わせ、今夏、氷室開きが復活していた。
地元関係者の間では、今回の一方的といえる封鎖の背景には、同社が玉泉湖を含めた土地の売却を地元や金沢市に働き掛けていたが、十月末に地元側が正式に断ったことも一因と指摘する向きもある。
観光協会関係者からは、玉泉湖が絶好の散策路だっただけに、観光への影響を懸念する声も。玉泉湖問題を担当している吉○○晴理事は「生活と観光の両方にかかわる重要な問題であり速やかに取り除いてほしい」としている。
地元側の要請を受けた金沢市は「道は公的なものであり、それを閉ざして住民に不利益をもたらすのは許されない。申し入れに向けた準備作業を急ぎたい」(都市計画課)としている。
■2004年1月
氷室小屋が玉泉湖から薬師堂に移転する。
2004年 1月 1日 北國新聞朝刊記事より
行事継続へ平成の氷室 湯涌温泉観光協会 薬師堂境内に小屋
玉泉湖周辺立ち入り出来ず 25日「仕込み」へ新設
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玉泉湖湖畔の氷室小屋で行われた昨年の「氷室の仕込み」 =2003年1月26日、金沢市湯涌町 |
金沢市湯涌温泉の観光の目玉、氷室小屋のある玉泉湖周辺に立ち入り禁止の板塀が張り巡らされた問題で、同温泉観光協会は湯涌荒屋町の薬師堂境内に新たな氷室小屋を建てることを決めた。一月に開かれる伝統行事「氷室の仕込み」を継続するための苦肉の策であり、協会は新設する”平成の氷室小屋”で二十回の節目を迎える今年の開催を乗り切る
板塀は十一月初旬、旧白雲楼ホテルの土地を管理する東京の経営コンサルタント会社によって設置されたともられる。同協会が同社の清算人との交渉を試みたが返答はなく、十二月末、板塀の撤去などを求める調停を東京簡裁に申し立てた。
湖畔に代わる小屋の設置は2002年、敷地内へのロープが張り巡らされた時から浮上していたが、当時の協議で行事継続について合意したため落ち着いていた。しかし、今回は同社と連絡も取れず、行事の開催さえ危ぶまれていたため十二月三十一日夜、地元町会などを含めた話し合いの中で正式に決定。場所は湯涌のシンボルであり、日当たりも適当であることから薬師堂境内を選んだ。
計画では、境内に縦4メートル、横3メートル、深さ2・5メートルの穴を掘ってやぐらを組み、二十五日の「仕込み」で雪を詰めた後、屋根を設置する。境内にある竹久夢二の歌碑も、小屋建設に伴い移動することとなる。吉○康○理事は「湖畔を死守したかったが、伝統行事を一度でも途絶えさせるわけにはいかない。今後、清算人がどう出るか分からないが、行事を継続することで湯涌の存在をアピールしてゆきたい」と話している。
新たな氷室小屋の建設が進む薬師堂境内=金沢市湯涌荒屋町
■2005年5月
金沢市の企業が落札する。
2005年5月26日付けの毎日新聞より
旧白雲楼ホテル、「保存し活用」金沢の企業が落札 廃墟返上
◇湯涌温泉
金沢・湯涌温泉の老舗で98年に倒産した旧「白雲楼ホテル」が金沢地裁の競売にかけられ25日、開札された。金沢市の企業が約7391万円で落札。建物を保存し芝居小屋などのレジャー施設として活用するという。
◇不法侵入急増で旅館組合も入札
建物や敷地は現在、荒れるに任せており「廃虚マニア」と呼ばれる若者らの不法侵入が後を絶たず、地元の旅館などでつくる「金沢市湯涌温泉観光事業協同組合」が保全のため入札に参加したが、次点だった。
競売対象は敷地約4万3000平方メートルと、木造4階延べ約1万3000平方メートルの建物。地裁は6月1日、売却を正式決定する。
落札したのは、たばこや米などを販売する「小○商事」。河○○春社長の実妹の舞踊家一門による舞踊ショーの上演と、レストラン営業を計画しているという。開札後、河○社長は「お金も時間もかかるが、歴史のある建物であり保存、活用したい」と話した。
白雲楼ホテルは1932年開業。和洋折衷様式で、戦後は連合国軍総司令部(GHQ)将校の保養施設となった。本館と貴賓館は国の登録有形文化財。昭和天皇はじめ皇族も宿泊したが、98年に事実上倒産。所有の「日本観光」は99年、東京地裁の破産宣告を受けた。債権者の金融機関が競売を申し立て、02年から5回競売にかけられたが、当初の最低価格が3億5000万円と高額だったため、買い手がつかなかった。
近年、各地の廃虚に侵入し探索するマニアが作ったホームページ(注)で紹介されたこともあり、不法侵入者が急増。火災や建物の崩落でがけ下の旅館に危険が及ぶ可能性もあることから、同組合は今回の競売に初めて参加、6550万円で応札した。
開札結果について、同組合の吉○康晴理事は「落札者とは施設の保全の方針について話し合いたい。その上で、湯涌のまちづくりに協力してほしい」と話している。
(注)おそらく当サイトの事だと思う。
■2005年7月
旧白雲楼ホテル落札の企業、取得辞退を表明、これにより組合が取得する。
2005年7月9日付けの北國新聞朝刊記事より
金沢市湯涌温泉の旧○雲楼ホテルを競売で落札した小○商事の河○○春社長は八日、市役所に山出市長を訪ね、ホテル取得を辞退することを伝えた。これを受け購買で次点だった湯涌温泉観光事業協同組合はホテル取得の意向を固め、準備に入った。
ただ、老朽化したホテルの改修や解体には数億円が必要とみられ、組合側はホテルの崩壊対策などで市に協力を求めたい考えだ。
河○社長は、市の仲介で六月に二回、組合と協議したと説明。「(金沢地裁に供託した)千二百万円の保証金が戻らないのは痛いが、地元の思いを聞き、(取得権を)譲った方が良いと決断した」と述べた。
これに対し山出市長は「組合の思いを察した選択に敬意を払いたい」と語った。さらに、市議会でも老朽化したホテルの危険性が再三、指摘されていたとした上で、「今後のことは議会でも話をしていきたいと」と述べた。
この後、会見した河○社長は、辞退の理由について「どうしても譲ってほしいと組合から言われた中で、事業を強行するのは針のむしろの思いであり、組合にために決心した」と説明。損金に関しては「(補填の)条件は付けたかったが、組合に無理と言われた」と述べた。一方、組合の吉○康晴理事は八日、「資金のめどはあり、今夜、具体的な活用法も検討したい」話した。ホテルが崩壊し、崖下の温泉街に被害が及ぶ懸念が地元で強まっていることには「早急な対策が必要であり、市に協力を求めたい」と述べた。
月刊北國「アクタス」2005年9月号より
◇白雲楼ホテル地元取得へそれでも消えぬ「!」と「?」
「やはりそうか」 という声が漏れるのが金沢の奥座敷、湯涌温泉の旧白○楼ホテルの競売をめぐる「第2幕」。芝居小屋などに改造したいとして金沢の商事会社が落札したが、先ごろの取得を辞退し、競売で次点だった地元の湯涌温泉観光事業協同組合に譲る格好になった。
一筋縄では進展せぬ事情はひとことでいうと、6500万円で取得しても、老朽化した建物を壊し、跡地を整備するだけで億単位の金を必要な物件だということ。加えて、高台にあって、崖地崩落の心配も出たため、その費用もかさむ。
頼みは行政の後押し?
地元の組合によると、取得を目指したのは、がけ地崩落を危ぶんだからだというが、「温泉街にそぐわぬ変な建物ができても困る」(関係者)という思いもあってのこと。とはいえ、あり余る資金が手元にあるわけではなく、跡地利用の「青写真」がきちんと描けているわけではない。「お荷物」処理の「?」は依然消えていない。「市当局とも協力したい」という言葉を、いったん取得に乗り出した商事会社も、地元組合も、ことあるごとに口にしてきた。景観維持の「まちづくり協定」を市が湯涌地区と結んでいる事情はあるにせよ、いちいち行政が口をはさむような土地取引とも思えないのだが、後始末に巨額の費用が不可欠な事情ゆえのラブコールと見る向きも少なくない。
「昭和天皇のお宿」としても知られた建物は近年、「心霊スポット」としてマニアの噂になるほどの荒廃ぶり。湯涌の代名詞として勇名をはせたのは今は昔の物語。自慢の温泉のように、アイデアと資金がどんどん湧き出てこなければ、再生の前途はなかなか厳しい。
■2005年10月
金沢市議会総務、都市整備常任委員会の連合審査会が旧白雲楼ホテル跡地を視察
2005年10月13日付けの北國新聞朝刊記事より
旧白雲楼ホテル無残
崩れた壁、抜けた床、雨漏り・・・市議会視察「壊すしかない」 「安全確保を」地元組合要望
金沢市議会総務、都市整備両常任委員会の連合審査会は十二日、湯涌町の旧白雲楼ホテル跡地を視察した。
閉鎖から七年半を経た貴賓館と本館は、土壁が崩れ、無数の雨漏りがある上、床も抜けるなど、かつての”東洋一のホテル”の面影はなし。敷地の崖下にある旅館関係者は、安全対策の確立をあらためて求め、委員からは「壊すしかない」の声も漏れた。
八月にホテル跡地を競売取得した湯涌温泉観光事業協同組合など地元関係者の案内で本館と貴賓館を視察した。
ガラスの破片が散乱し、かび臭さが漂う建物内で委員は、関係者から換金可能な家具やらんま、くぎ隠しの金具までが持ち去られたとの説明を聴いた。懐中電灯を頼りに暗闇の廊下を進むと、腐食した床が大きくたわむ場所も。雨漏りや不審火によるスプリンクラーの作動で天井や壁の至る所にかびが発生し「いくら何でもひどい」「補修はもう無理。壊した方がいい」と話す委員もいた。
夏場を中心に、夜間に建物に侵入する若者が後を絶たないとの説明もあった。大広間や廊下には雑誌やたばこの吸い殻が散乱しており、関係者からは「一度火災が発生したら手を付けられない」と心配する声も上がった。大広間の土壁には、スプレーの落書きもあった。
湯涌みどりの里で開かれた意見交換会で、観光事業協同組合理事がホテル廃業から現在までの経過を説明し、「敷地のがけ地が崩壊する危険もある。地元で最大限のことはするが、できないこともある」と防災対策と跡地利用に協力を求めた。同組合代表理事も「建物も老朽化して瓦やトタンが落ちる恐れがある」と危機感を募らせた。市側は「いつまでも放置できない」との認識を示し、パトロールに加え、急傾斜地や排水などの対策の検討を始めたと説明した。委員から跡地利用策を問われた理事は「取得したばかりで具体策はないが、自然を守ることが湯涌のブランドを守ることになると思う。施設展開は求めておらず、自然が楽しめる場所になればいい」と答えた。
本館と貴賓館は一九九七年(平成九年)六月に国の登録有形文化財に指定された。しかし、総務常任委員長は「あのまま残すと地元のイメージも悪くなる。荒廃ぶりにショックを受けた」と視察を振り返り、都市整備常任委員長「価値ある建物であることは分かるが、修復には莫大な費用が必要だろう」と話した。
本館(左)と貴賓館(右)の外観を見る委員や関係者
大広間では天井がはがれ、崩れた土壁や落書きが見つかった
=2005年10月12日、金沢市湯涌町の旧白雲楼ホテル
■2005年11月
金沢市文化財保護審議会が旧白雲楼ホテルを視察
2005年11月16日付けの北國新聞朝刊記事より
文化財の価値喪失(登録文化財の本館・貴賓館) 旧白雲楼ホテル市保護審議会が視察
金沢市文化財保護審議会は十五日、国登録文化財である同市湯涌町の旧白雲楼ホテル本館と貴賓館を視察した。会長は「修復や活用は不可能に近い。登録文化財としての価値は見えない」と述べ、文化財指定された翌年の一九九八(平成十)年にホテルが閉鎖され、荒廃が進んだ結果、文化財としての価値が失われたとの見方を示した。
視察は、地元町会などが老朽化したホテルや敷地内の崖地の防災対策などで支援を求める要望を市や市議会に提出したのを受けて行われた。
ホテルを取得した湯涌温泉観光事業協同組合の代表理事は、最近も不審者が侵入し、館内での落書きやたばこの投げ捨てなどを繰り返していると説明。理事は同ホテルなどを紹介するインターネットのサイト(注)があるとして「不審者が侵入し、たばこ火などで火災が発生するのが怖い」と話した。
委員からは、雨漏りなどで床や土壁が腐食している様子や、大正期の日本画家相川松瑞が装飾画を描いた大広間のふすまなどが持ち去られていることを悔やむ声のほか、「建物の保存を決めるには遅すぎる」との指摘も上がった。
視察を終えた会長は「予想以上に建物の傷みがひどく、厳しく言えば、登録文化財を抹消するしかないと思う」と語った。一方、理事は「建物の取り壊しもやむを得ない。市や議会のご意見を聞いて組合で判断したいと話した。
(注)おそらく当サイトの事だと思う。
荒廃が進む旧白雲楼ホテルを視察した審議会委員と関係者
=2005年11月15日、金沢市湯涌町
■2005年12月
金沢市建物解体を示唆
2005年12月18日(情報元失念申し訳ありません)
旧白雲楼ホテル 解体の決断すべきとき
荒廃が進む金沢市湯涌温泉の旧白雲楼ホテルは、先に現地を
視察した市文化財保護審議会の委員の間でも「文化財としての価値が喪失し修復は不可能」との見方が大勢であり、温泉街活性化による街づくりへの影響を考えれば、所有者である同温泉観光事業協同組合と金沢市が入念に協議した上で、できるだけ早く解体に
踏み切るべきであろう。
同建物では、不審者が鍵を壊して侵入し、館内で壁面に落書きしたり、火の付いたたば
こを捨てるなどの行為が繰り返されている。
いつまでも幽霊屋敷のような姿で放置しておいては危険であり、このままの状態では、温泉全体のイメージダウンにつながりかねないというのが、地元や有識者のほぼ一致した声である。
山出保金沢市長も市議会十二月定例会で、「市民の納得が得られる形で適切な支援をす
る方向で努力したい」と述べた。
ホテルの解体には多額の費用もかかるとみられるが、たとえば、市が組合からホテルを
譲り受け、責任を持って解体に取り組み、 その跡地については、市民の理解を得ながら、共有財産として街のにぎわいに結びつく形で活用策を練るのも一案であろう。
ホテルの敷地内のがけ地の防災対策も急務であり、速やかな対応が求められる。
■2005年12月
地元組合、土地建物を金沢市へ寄付(地元組合、手に負えず金沢市へ丸投げ)
2005年12月28日付けの北國新聞朝刊記事より
地元組合「金沢市に寄付」 湯涌温泉の旧白雲楼ホテル まちづくりに資する利用を
荒廃が進む金沢市湯涌温泉の旧白雲楼ホテルを競売で取得した湯涌温泉観光事業協同組合と、地元町会、観光協会は二十七日、市に建物と敷地すべての寄付を申し出、がけ地崩壊防止などの安全対策と、まちづくりに資する利用を要望した。国登録有形文化財である建物の解体も含めた検討を求めており、山出保市長は長期間放置できない課題としたが「議会の意見も聞き、よく相談したい」と述べ、即答を避けた。
市役所には湯涌校下町会連合会の新井行雄会長、湯涌温泉観光事業協同組合の○○○代表理事らが訪れ、要望書を提出した。組合では防災対策などの観点から、今年八月に六千五百五十万円で跡地を取得したが、地元だけで老朽化した建物の対応は困難と判断し、先週末までに市に寄付する方針を確認していた。
○○会長は「金沢の奥座敷」にふさわしい、自然や景観を生かした跡地利用が最善とし、地元も責任を果たしていくとした。これに対して山出市長は、隣接する旧江戸村との一体的な土地利用の視点で取り扱われるべきとの考えを示し、「市民が納得できる形で適切な支援をする方向で努力したい」と答えた。
一行は○○○○市議会議長にも要望した。○○議長は市と連携して方向性を示すとし、私見として市民が木を持ち寄る植物園を提案した。
旧白雲楼ホテルは、不審者侵入などで荒廃が進み、市文化財保護審議会の現地視察でも「保存が難しい」との意見が多数を占めた。解体には数億円が必要とされ、解体されれば文化財登録は抹消される。
■2006年 1月
金沢市、寄付を受け入れる。公費で解体決定
2006年1月11日付けの北國新聞朝刊記事より
金沢市、寄付受け入れ 旧白雲楼ホテル 解体、旧江戸村と一体整備 新たには建てず
荒廃が進む金沢市湯涌温泉の旧白雲楼ホテルで、競売により建物と敷地を取得した湯涌温泉観光事業協同組合から寄付の申し出を受けていた金沢市は十日、寄付を受け入れる方針を明らかにした。防災・安全面から建物を解体し、跡地は隣接する旧江戸村と一体的に整備したい考え。跡地に新たな建造物は建てず、なるべく経費の掛からない整備に努める考えも示した。
同日、市議会会派「かなざわ議員会」「自民党金沢・市民会議」が市議会でそれぞれ開いた勉強会で、須○原雄助役らが方針を説明した。
両会派の勉強会は、一部を除き非公開で行われ、○野原助役は冒頭、「これまでの経緯や現状、観光交流などを総合的に考えて(組合からの)寄付を受けたい」と述べた。
市側は、がけ地上にある国登録有形文化財の建物は管理が行き届かず、崩落の危険性があることを説明し、寄付受け入れへの理解を求めた。
席上、具体的な跡地利用策については、市側、市議双方から特に上がらなかったとされ、解体決定にはさらに議論を深めるべきだとの意見や、梅雨時までの更地化が望ましいとの意見があったという。
旧白雲楼ホテルについては、湯涌温泉観光事業協同組合や地元町会、観光協会が先月二十七日、市に建物と敷地すべての寄付を山出保市長に申し出、がけ地崩壊防止などの安全対策と、まちづくりに資する利用を要望していた。市議会各会派の了承が得られれば、市の新年度当初予算案に関連経費が盛り込まれるとみられる。
■2006年 5月
いよいよ解体へ
2006年5月 9日付けの北國新聞朝刊記事より
旧白雲楼ホテル解体 安全管理委が視察 雨水流出対策求める
金沢市は八日、今月下旬から始まる湯涌温泉・旧白雲楼ホテルの解体工事で安全確認などを行う「旧白雲楼ホテル等崖地安全管理委員会」を発足した。委員は専門家五人で構成し、温泉街を見下ろす丘に建つ建物内部を視察。解体後に雨水排出の流れが変わり、斜面に及べば倒壊する危険があるとして、跡地周辺に排水路を設けるなどの対策を求めた。
委員会の座長には、北○○金大大学院教授(地震防災学)が選任された。○浦座長は現地視察の結果、地盤は安定しており、建物や斜面が直ちに崩れる危険性は少ないとした。その上で「今は建物の樋を通して雨水が処理されているが、解体後に斜面に流れれば倒壊のおそれがある」と述べた。
視察では、今年の大雪による新たな天井の抜け落ちが確認された。屋根瓦が不安定な箇所も見つかり、解体工事の際、落下しないよう細心の注意を払う用求めた。
委員会は解体中の来月下旬、解体後の七月にも現地視察を行い、安全な工事、管理方法などを助言・指導する。
解体前に旧白雲楼ホテルの建物を視察する委員
=2006年 5月 8日、金沢市湯涌町